第1話 猪瀬商店 はじめに〜工房見学

はじめに

株式会社 青木(以下、青木鞄) 創業は明治27年。西暦にすると1894年。日清戦争が開戦し、樋口一葉が現役で筆を揮っていた時代に産声を上げた、誰もが認める老舗です。そんな青木鞄さんは昨年2014年で、創業120年を迎えられました。カバンや財布などの“革製品”を得意とし、そのクオリティとデザイン性に魅了された人は数知れず。そんな青木鞄さんの製品はどんな想いから生まれているのか、その秘密を探りに、青木鞄さんへと取材を申し込みました。

2015年夏、我々T-styleは、青木鞄の本社がある小伝馬町に降り立ちました。

緊張している我々を出迎えてくださったのは、青木鞄の代表取締役である飯塚貴志(いいづか たかし)さん。なんと社長自らが出迎え、今日一日の案内を買って出てくださったのです。飯塚さんは社長であると同時に、“東京鞄協会”の副会長も務めていらっしゃいます。“青木鞄の社長”と“東京鞄協会の副会長”という肩書きから学校の校長先生のような方をイメージしていましたが、実際はバイタリティとユーモアに溢れ、あの手この手で我々を和ませてくれる、とてもスマートな方でした。

飯塚さんの案内で我々は早速、カバンの生産現場である工房へと向かいます。

カバン生産の現場へ

工房へ向かう道中、飯塚さんは軽快なトークで我々を和ませてくれたあと、これから向かう工房と、長い付き合いである社長さんについて軽くお話しをしてくださいました。

「何年カバン屋やってんだよ!って怒られたりしましたねー」

社長さんは下町の神輿を仕切るような人であるとか、我々の背筋が伸びるお話が続きます。いやしかし、職人さんというのはやはり、そういう気質なのでしょう。いやむしろ、そうでなければ来た甲斐がないというもの。あの手この手で覚悟を決めます。

社長さんは“親方さん”と呼ばれている職人さんで、“下職さん”と呼ばれる職人さんたちを抱えており、下職さんたちに依頼してカバンを生産するのが一般的なんだとか。

そんな予備知識を仕入れつつ、いよいよ工房に到着です。

工房到着!

今回ご案内していただいたのは、青木鞄で10年以上続いている人気のシリーズ『枯淡』などを生産されている『猪瀬商店』さん。

正直、想像していたよりも綺麗で新しい工房です。看板の字体も今っぽくて可愛らしいですね。そんなことを思いながらも内心では怯えている我々を出迎えてくださったのは、社長である猪瀬昇(いのせ のぼる)さん。

『猪瀬商店』の社長である猪瀬昇(いのせ のぼる)さん

いかにも昔ながらの職人といった厳格さを漂わせながらも、温かく迎えようとする気遣いを端々に感じる、とても粋な方です。「無愛想に対応されたらどうしよう」などという不安はまったくの杞憂で、どんな初歩的な質問にも快く答えてくださいました。

一通りご挨拶を済ませたあと、いよいよ、カバン作りについてのお話が始まります。

≪革の裁断≫

まずは、裁断する前の牛革とご対面。

工房に入ると早速、牛一頭を真横から見たような大きな革が積まれています。

「革には“革目”と呼ばれる筋があって、縦の目は伸びにくくて、横の目は伸びやすいんです。革目の向きは製品に大きく影響するから、裁断は革目に注意しておこないます」背中から臀部あたりの部分は繊維の密度が高くて丈夫だけど、逆にお腹の革は柔らかい。何を作るか、カバンのどの部分を作るかで、革目や切り取る部分を変えるのだそうです。

次に、裁断機を見せていただきました。

(左)先ほどの大きな革もそのまま入れられる、大きな裁断機。(右)小さいパーツを型抜きする際に使われる、「クリッカー」と呼ばれる裁断機。

左のように大きな裁断機を持っているところはあまりなく、クリッカーで裁断するところがほとんどなんだそうです。
実際に裁断しているところも見せていただきました。

革目や傷を見ながら、1パーツずつ型抜きをしていきます。

「大きな裁断機は革を平らに置けるから、綺麗に裁断ができるんだよね」

この体勢だと革の傷が見やすく、傷が商品の目立つ部分に来ないように配慮しながら型抜きができるのも、大きな裁断機を使うメリットだそうです。機械を使っているとはいえ流れ作業ではなく、最適な部位を選び、革目を考え、傷の位置を確認し、そしてなるべく無駄な革が出ないよう、革の個性に合わせてたくさんのことを考えながらおこなわれています。

裁断の際に使用する抜き型。一つのカバンを作るのにも、たくさんの型があるようです。

こちらは、裁断を手作業で行うときに使う道具です。

(左)「別たち」と呼ばれる道具。左が新品で、右は使って研いでを繰り返したものです。一体どれほどの革を切ってきたのか、想像もつきません。 (右)火打ちをして作られた型で「火作りの型」と呼ばれています。時間も手間も費用もかかる型なんだそうです。

「革の裁断は、昔は型紙を当てて、型入れ(線を引きどこでどのパーツを抜くか決めること)をして、別たちでカットしたり、火作りの型を当てて叩いて型抜きをしていました。革をよく見て傷を省きながら型抜きができたんですが、現在は機械でも傷を見て裁断できるので、手作業との差はあまり無いですね」

≪磨き≫

次は我々が最も楽しみにしていた、『枯淡』シリーズ最大の特徴とも言える“コバ磨き”についてです。コバとは革の端のことで、切った革を重ねた際、切り口が木の端に似ていたため“木端(コバ)”と呼ばれるようになったと言われています。

こちらの写真の、木のような色をしている部分です。

『枯淡』は牛革、芯材、豚革で構成されています。これらを圧着機で張り合わせ、余分な部分をカンナで削って揃えて、ペーパーやすりで削り、染料を入れ、磨いていきます。ほとんどの製品は“コバ塗り”や“へり返し”という処理がおこなわれていますが、『枯淡』ではコバを磨いてほぼそのままの状態を見せています。青木鞄の社長である飯塚さんは、「猪瀬さんの磨き技術は日本一」と太鼓判を押されていました。

「コバは何を使って何回磨くかによって仕上がりが大きく変わり、どこまで追及するかは職人のセンス次第です」

底が平らな物や、舟形など、複数のカンナ。革やカバンの部位によって使い分けているんだそうです。

染色用のハケ。磨く前に染色をしておくことで綺麗に仕上がるんだそうです。

職人さんの個性が出る磨きの道具。猪瀬さんはヘチマやガラスを使って磨いていますが、樫の棒で磨く職人さんもいるそうです。

ガラスで磨くのは猪瀬さん特有の技術。ガラスも磨きやすいようにメンテナンスしているようです。

≪持ち手作り≫

「持ち手は最も手が触れ、最も力が掛かる部分。青木鞄さんは『持ち手と根革(持ち手と本体をつなげている革)は壊れてはいけない』ということを大事にしているから、あらゆる手を使って丈夫に作っています」

先代の時代から、持ち手には最も力を注いでいる。一番丈夫で革質の良い背中や臀部の革を使い、中に入れる芯材もじっくり考えて最適なものを選んでいるそう。あまり目立たない部分ではありますが、使い勝手を左右する一番大切な部分です。

革目を考えて、持ち手用の革を厳選。持ったときに力が掛かる方向に伸びにくい“縦目”を使います。

持ち手の内部は、芯材として床革(革の裏側の部分)を何層も張り合わせています。中まですべて革で作ることで、より強固で、使うほど手に馴染む持ち手になります。

持ち手の縫い作業。大切な部分だからこそ、一本一本手縫いで仕上げます。

≪革漉き・穴入れ≫

外からは見えないような細かい部分にも手間を掛けています。まずは、“漉き”という作業。革が集まる縫いしろの部分を薄く漉くことで、仕上がりにまとまりや柔らかさを出すための作業です。

こちらが革を漉くための機械。

厚みを確認しながら少しずつ漉いていき、ほどよい厚さにします。漉く瞬間は本当に一瞬で、何度もお願いしてようやく撮影することができました。

革を漉くための刃と、革の厚みを測る道具。

漉かれたあとの革は、紙のような薄さです。

次に教えてくださったのが“目打ち”という作業。縫う前に糸を通す用の穴を空ける作業のことです。ミシン縫いのときはやらない職人も多いそうですが、これをやることで組み上がりがしっかりするので、猪瀬さんは手縫いでもミシンでもおこなうそうです。

革に縫い穴を空ける“菱目打ち”と呼ばれる道具。糸の太さや縫い幅に合わせ、色々な大きさがあります。

≪G3のシャドー革≫

猪瀬さんの工房では、『枯淡』と同様に長く続いているシリーズ『G3』も生産しています。

シャドーが掛かったような革が特徴の『G3』シリーズ。

このシャドーは一本ずつ塗料を吹いて作られています。通気の関係で作業は屋外でしなければなりませんが、仕上がりは湿度に大きく左右されるため、作業できる時期が限られているんだそうです。

「湿気の多い時期は乾きづらくて仕上がりが曇っちゃうから、湿度によって量を調節したり、様子を見ながら仕上げています」

その日の天気や湿度によって感覚で加減を変える。長年の経験があるからこそ成せる、まさに職人技です。

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