「羊と鋼の森」原作者インタビュー

自然は人を幸せに
「森に育てられる調律師」
見守って
言葉にならぬ世界描写
原作者・・宮下奈都さん
原作者 宮下奈都さん

■あらすじ
◇羊と鋼の森
将来の夢を持っていなかった外村直樹(山﨑賢人)は高校でピアノ調律師・板鳥宗一郎(三浦友和)に出会う。板鳥が調律したその音に、生まれ故郷のトムラウシと同じ森のにおいを感じた外村。調律の世界に魅せられ、先輩やピアノに関わる人たちに支えられながら、外村が調律師として成長していく物語。
2016年本屋大賞を受賞した宮下奈都さん原作。6月8日全国公開。

宮下奈都さんが「羊と鋼の森」を書いたそもそもの始まりは、幼少時から自宅にあったピアノの調律師の言葉だったという。ある時、宮下さんが「このピアノは古いですけど大丈夫ですか」と聞くと、調律師は答えた。「このピアノの中にはいい羊がいますから、まだまだ大丈夫です」

ピアノのハンマーは羊の毛のフェルトでできている。調律師は、昔の羊は栄養たっぷりの草を食べていて、毛もつやつやしているから大丈夫だと言ったのだ。「その時、調律師の言葉を集めたいという気持ちになりました」

実際に小説にし始めたのは2013年、家族5人で福井県からトムラウシに1年間、移り住んだのが契機となった。そこはアイヌ語で「神々の遊ぶ庭」と呼ばれる山の中。「言葉にならない自然の美しさを描写したいという欲が出て、それと言葉にするのが難しいもう一つの音楽の世界が結びつきました」

言葉にならない世界を描写するのは「楽しかった」と話す。「例えば海鳴りを感じるシーンがありますが、あれは森の中を歩いていて、なんで山なのに海鳴りがするんだろうと本当に思ったから。自分が感じたことをそのまま書いていきました」

音の描写も楽しかったそう。「だから逆に、映画の中でどのように現実の音を作るのか興味がありました。読んだ人の中で自由に鳴っている音を一つの音にするのは大変だろうと。実際に聞いた音は素晴らしかった。監督やスタッフによるこん身の音だと思います」


トムラウシの自然について「私はトムラウシ以上にきれいな景色に会ったことがない」と言い切る。「毎朝、窓を開けるたび、生きていてよかったと喜びを感じるんですよ。眺めのいい場所で窓を開けることがこんなに人を幸せにするというのは、もしかして自然ってすごく大事なんじゃないかと思いました」

映画で好きなシーンは板鳥が外村に「ここから始まるんですよ」というところ。「どんな職業でも、何を持っていれば向いているかって最後まで分からない気がするんです。外村君は自分は何も持っていない、才能もないと思っていますが、森に育ててもらったものがあることに気づいていない。でも、私も小説を書き始めた時は自分には何もないと思っていたけれど、どこかで出会っていたり、誰かに育ててもらったりしていたものが引き出され、さらに育てていった面があったと思う。そんなことを外村君に体現してほしかった。外村君がゆっくりでも歩いていく姿を見てほしいです」
【井上志津】

2018年5月4日付 毎日新聞朝刊 特集「きょうはみどりの日」より

■人物略歴
◇みやした・なつ
1967年、福井県生まれ。
2004年「静かな雨」でデビュー。他に「神さまたちの遊ぶ庭」など。

キャンペーンページに戻る