日高トモキチpresents 架空世界WHO'S WHO 第十六回 その瞳は世界の秘密を見る

小説の中に登場する様々な“名役者"を漫画家日高トモキチが紹介する、架空世界の紳士淑女録。たまに人類以外も紹介されるよ!

その瞳は世界の秘密を見る

雄猫トム(伊坂幸太郎『夜の国のクーパー』)

「欠伸が出る。人間からすれば、欠伸は長閑で太平楽な気分の象徴らしく、僕たちがそれをするたびに『のんきでうらやましい』と皮肉めいた言葉を投げかけてくる。言いがかりだ」

冒頭の一文である。「僕」は、お察しの通り猫だ。なるほど伊坂版『吾輩は猫である』かと安易な解釈をしたら負けだと思う程度には、伊坂幸太郎という作家を知っているつもりである。だいたい章の冒頭にわざわざ猫のアイコンがあるのが怪しい。これは『グラスホッパー』 なんかで見覚えがある手だ。なにか仕掛けを用意してあるに違いない。油断は禁物だ。

そんなめんどくさい読者(日高)の思惑とは関係なく、猫はやがて奇妙な物語を話しはじめる。どこか遠い、私たちの知らない場所で起きたできごと。戦争に負けたその国は、占領軍によって支配されようとしていた。人々は広場に集められ、そこで悲劇は起こったーー。

してみるとこれは見知らぬ国のファンタジーなのかという早合点はしかし、「私」という第二の語り手の登場によってすぐにひっくり返される。こちらは役所勤めをしていて株や釣りが趣味、最近妻の浮気が発覚してめっちゃ凹んでいる、またずいぶんとごく普通の存在である。ただひとつ普通と違っていたのは、私は猫のトム君と言葉が通じちゃったのです。なんとびっくり。

そして作者はこれら複数の視点を自在に操り、『夜の国のクーパー』という物語の全貌を、はじめは徐々に、やがては怒涛の勢いで明らかにしてゆく。

読んでいて、ああ、これはまさしく伊坂幸太郎的読書体験だと思わず頷いてしまっていた。「これってこういう話じゃね」という予想はことごとく覆され、巧妙に隠された手がかりはあっと驚く伏線となって綺麗さっぱりと回収される。かつ、そんな緻密に計算されたシナリオを演じるのが、丁寧に作り込まれたキャラクターたちなのだからもう言うこたない。参りました。

さきほど本作がファンタジーってわけじゃないというようなことを書いたが、やっぱり一種のおとぎ話であることは間違いない。とびっきり伊坂幸太郎流のおとぎ話。どういう教訓を読み取るかはあなた次第。私が得た感想は「猫すごい。頼もしい。かわいい」です。

なお、本稿をご覧の生物クラスタで『オーデュボンの祈り』を未読の方は、この機会に併せて読むことをお勧めします。ぜひ。

©日高トモキチ

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夜の国のクーパー
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東京創元社担当者のここがオススメ

猫が語る世界の形。伊坂幸太郎の異色作

伊坂さんの作品のなかでは、最も異色と言える異世界ミステリです。語り手は猫と、異世界に迷い込んだ小市民(妻に浮気されました)。ある一点で、見えていた光景がぐるりとひっくり返りますので、お楽しみに。

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