マリメッコのデザインは、何で強いのか?
毎シーズン生まれては消えていく商業デザインの世界で、マリメッコのデザインは圧倒的な強さを持っています。
人はそのデザインをいいと思うとき、たいてい理由もなく惹きつけられるものです。しかし、強いデザインには必ず理由があります。
「色がカラフルで柄が大ぶりなのでオシャレに見える」。こういう印象は表側の話です。マリメッコのデザインには、もっと深く一貫した理由があります。
その理由を紐解いてみたいと思います。
女性が主役
マリメッコというブランドが特異な性格をもっているのは、何より女性が主役という点があります。マイヤ・イソラからマイヤ・ロウエカリまで歴代のスターデザイナーはみな女性。創業者のアルミ・ラティア、前CEOのキルスティ・パーッカネンと、経営者として伝説的な辣腕をふるったのもことごとく女性でした。経営者が男だった80年代は、なぜか倒産寸前までいったくらいです。
「マリーちゃんのドレス」というブランド名が示すように、マリメッコは立ち上げ当初から「自立した女性の魅力」をテーマにしていて、それをちゃんと女性の力で作っていることに大きな個性があります。
マイホームから生まれるリアルデザイン
そのため、マリメッコのデザインの多くは家庭から立ち上がってきます。
例えば魚、果物といったキッチンに関係するモチーフ。野菜やケシの花といった家庭園芸のモチーフ。
その家庭の延長で、今度はJURMOのような故郷の景色に、そしてKAIKU(下)のような故国フィンランドの風景へと広がっていきます。
家にしろ故郷にしろ故国にしろ、ようはすべてホームという感覚です。自分のホームからデザインを引きだしてくる、ちゃんと自分の中にある肌感覚のようなものからデザインを引きだしてくる。そういう「確かさ」みたいなものがマリメッコにはあります。
ウェアブランドとしてスタートしながら、本質的にはホームウェアブランドだというのも、こういうことが関係していると思います。
有機的で揺れ動くような感覚
この肌感覚の味わいがいちばんわかりやすいのは、線の扱いです。マリメッコのデザインは、たいてい線が歪んでいます。多くが手描きで始まるため、有機的な線になったものが多いです。
カラフルでポップなデザインを打ち出すブランドはほかにもありますが、マリメッコのように、有機的な歪んだデザインはなかなかありません。マリメッコの根っこは、計算式では出ない有機的な揺れです。
デザインはパソコンではなく、スケッチ、水彩画、切り絵などフリーハンドで始まります。実際に採取してきた葉っぱや木の枝を紙に貼って、コラージュするデザイナーもいます。
このアナログ感が、シルクスクリーンなどでプリントされ製品となったあとも、線や色彩の揺れとなって匂いを残しつづけます。
21世紀になって見直された伝説のデザイナー
マリメッコを象徴するデザイナーといえば、マイヤ・イソラです。マリメッコの明るくグラフィカルなデザインは、マイヤによって始まったものでした。
そもそもマリメッコという会社は、マイヤのデザインに感銘を受けたアルミ・ラティアがプリントファブリック会社のオナーである夫に持ちかけ、立ち上がった会社です。1951年のことです。
以降、マイヤは36年にわたり500以上もの作品をマリメッコに残してきましたが、中でもいちばん有名で、マリメッコのシンボルとなっているのが、ケシの花をモチーフとしたUNIKKOです。
「プリントの花は、自然界の花には決して適わない」という理由で、創業者のラティアは花をデザインすることを禁じていました。ところがその禁を犯してマイヤが心赴くままにデザインしたのが1964年発表のUNIKKOでした。マリメッコをめぐるもっとも有名なエピソードです。
マイヤという人は多分に芸術家肌だったようです。アトリエの床はデッサンでいつも散らかり放題、おまけに放浪癖もあったようで、油絵とテンペラ画の画家として各地で個展も行う一面もありました。
今でこそUNIKKOはマリメッコの象徴ですが、実は2000年以降にブームになった柄です。マイヤは2001年に亡くなっており、存命中においては、彼女のデザインの多くは忘却されていました。21世紀になって復刻され、その仕事が見直された人でした。
UNIKKO

ケシの花をイメージした柄で、1964年にデザインされました。マイヤの代表作というにとどまらず、マリメッコを象徴する柄として不滅の人気。
KIVET

キヴェットは石の意味。1956年、マイヤの初期を代表する傑作で、ひとつひとつ微妙に形の違う石がフリーハンドでごつごつと描かれています。
LOKKI

1961年の作品。ロッキと題されたシンプルな波形デザイン。飛翔するカモメをデフォルメしている。
MUIJA

意味は老女。不恰好なドットが四葉のように集い小紋を描いたデザイン。1968年発表。
KAIVO

カイヴォと題された左右対称形のデザイン。泉をイメージしたもの。1964年発表。
TUULI

1971年のデザイン。樹木がたなびくシルエットでフィンランドの風をデザイン化している。
参照 : marimekko
ユニセックスデザインのパイオニア
1930年生まれ、マイヤと並ぶマリメッコデザインのパイオニア的存在です。
ヴォッコは何よりマリメッコのデザイン哲学を方向付けたといえる人で、ユニセックスな女性像、強い女性像を打ち出しました。
1953年に発表したPICCOLOは、2本の手書きのストライプを重ねてプリントすることにより3本目の色合いが滲みでできるという傑作ですが、このPICCOLOで作ったシャツJOKAPOIKA(ヨカポイカ / 写真)が、ヴォッコのデザインを象徴しています。
参照 : GRAVEL&GOLD
ヨカポイカというのは「すべての少年たち」という意味で、女性らしい身体の線は消され、ユニセックスなデザインになっています。
1950年代にユニセックスファッションを打ち出すというのは、相当に先鋭的です。当時のパリ、ミラノの流行もヴォッコは考慮しなかったといわれています。
マリメッコのデザインには1953年から60年までの7年間携わっただけでしたが、ヴォッコの思想は今日まで続く「マリメッコ=強い女性」の理念的基礎を支え続けてきます。
彼女の素材を生かしたデザインとシンプルなカッティングは、三宅一生にも影響を与えたといわれています。
PIRPUT PARPUT

ドットで作られた迷宮のようなデザイン。1958年発表、ヌルメスニエミ最大の傑作。ピルプトパルプトとはフィンランド童謡からきている言葉。
PICCOLO

1953年に発表された名作。2本の手書きの縞を重ねてプリントし、そこに生じる色合いの効果を生かしている。このピッコロ模様を使ったヨカポイカシャツがブレイクした。
NADJA

ナディアと女性の名前がつけられた花粉のようなデザイン。今日の北欧デザインによく見られるテイストだが、発表は1958年という。
参照 : HS
アノニマスなデザインを目指して
1936年生まれ、マリメッコでは第2世代を代表するデザイナーです。
もとはマリメッコの子供服部門で仕事をしていたのですが、ヴォッコがマリメッコを去ったため、その後任としてファッションデザインを任されることになりました。
何より等幅ボーダーTASARAITAのデザイナーとして知られている人です。
参照 : fy marimekko
「ジーンズに似合うシャツ」として1968年に登場したTASARAITA柄のシャツは、その後爆発的なブームを巻き起こし、フィンランド人のライフスタイルを一変してしまったと言われています。シャツだけでなく、下着から食器類と、次々にTASARAITAは生活の場に入っていきました。
アンニカのデザインの特徴は大きく2つあると思います。
1つはこのTASARAITAに象徴されるようなシンプル主義。フィンランド近代デザインの巨匠カイ・フランクなどの影響を受けた彼女には「良いデザインにはデザイナーの名前は必要ない」という匿名性の考えがあったようで、その考えは、TASARAITAのような、シンプルをきわめた匿名的デザインに凝集しています。
もう1つの特徴は、60年代後半から70年代のヒッピー感覚を備えている事。メキシコ旅行から生まれたPAPAJOやKARAKORAには、プリミティブなデザインへ回帰しようとする動きがあります。
PAPAJO

プリミティブなテイストを持った1960年代発表のパパヨ。細かい波が折り重なったようなデザインはメキシコのリズムをイメージしているという。
PALLO

大きなドットがランダムに配置されたパッロ。1970年に発表され、パッロジャージーという服で有名になった。幾何学的なドット柄パッロもある。
KARAKORA

マヤ文明の天文台遺跡チチェン・イツァがイメージソース。パパヨと同じこちらも1960年代の作品で、アニカのメキシコ旅行体験がもとになった名作。
PUKETTI

小さな花がいくつも集まりブーケを形づくったデザイン。1964年発表。ズームした場合と引きでプリントした場合とで見た目が変わる。
TASARAITA

1968年、ジーンズに合うシャツとしてデザインされ一大ブームを起こした。幅広の等間隔ボーダーで、マグカップにまで反映される今も人気のデザイン。
PIPPURIKERA

1963年発表、粒胡椒がモチーフ。ズームすると無数の花びらを持つタンポポのような花に見えるなど、プケッティと同じく、多彩な表情を楽しめる。
参照 : ALWAYS MOD
現マリメッコのエースデザイナー
マイヤ・ロウエカリは1982年生まれの若いデザイナーです。
2003年、学生時代に、マリメッコ社主催の若手向けデザインコンペ「University of Art and Design」でグランプリを獲得し、以後、フリーランスとして活躍しながら、マリメッコではたくさんのヒットデザインを生みだしています。
そのときのグランプリ作品が、今もマリメッコのラインアップとなっている「HETKIA/MOMENTS」という作品です。
このデビュー作が示すように、ロウエカリは、テキスタイルデザインというよりはイラスト専門のデザイナーです。RASYMATTOのような抽象デザインのヒット作も生みだしていますが、「長くつ下のピッピ」や「ムーミン」に影響を受けたと語っており、そのためかポップで物語性のある作品が多く、デザインも具体的、細かい線を描きこんでいくものが多いです。
2000年以後いちばん人気のデザイナーで、複雑な色と線をグラフィカルなデザインにまとめていくセンスで際立っています。
RASYMATTO

「使い込まれたラグ」というネーミング。2009年に発表され、マリメッコを代表する人気デザインに。手描きふうの歪んだドットがお団子のようにくっついている。
LAPPULIISA

ラップリーサとは交通監視員という意味で、信号や交通標識を丸いモチーフにデザイン化している。ポップでサイケな色彩感覚が弾けた名作。
SIIRTOLAPUUTARHA

2009年発表のシイルトラプータルハは市民菜園という意味。植物が色と線でうねりだす、ロウエカリらしいポップでサイケなデザイン。
PUUTARHURIN PARHAAT

「庭師の傑作」という意味の2009年発表作。シイルトラプータルハと同趣向のデザインで、野菜や植物などをうねるような線で描いている。
HETKIA/MOMENTS

マリメッコ社主催の若手向けデザイン大会、2003年グランプリ作品で、ロウエカリの実質的なデビュー作。イラストレーターとしての特性が出ています。
KAIKU

HETKIA/MOMENTSと同じくベタ塗りの色彩と黒線で構成した初期ロウエカリらしいイラスト。白樺に湖、フィンランドの自然をテーマにしている。2004年発表。
マイヤ・ロウエカリがデビューした2年後、アイノ・マイヤ・メッツォラが同じくマリメッコ社主催の若手向けデザインコンペでグランプリを獲得して登場します。KOMPOTTIに見るような鮮やかな色彩感と有機的な線でロウエカリに続く人気デザイナーとなっています。
また、日本人デザイナーの石本藤雄のいくつかの作品など、発表から何十年経ても古めくことを知らない普遍的なデザインが多く、このアーカイブの層の厚さが、マリメッコの強みとなっています。
アンナ・ダニエルソン
FOKUS

焦点と題された2001年発表のデザイン。小さな手描き風ドットが無数に集まり、大きな同心円を描いている。プリントの解像度で表情が大きく変わる。
ペンッティ・リンタ
ASEMA

アセマとはフィンランド語で駅という意味。不定型な楕円模様が駅に集まる人のように蝟集したデザインで、人気柄の1つです。
サンナ・アンヌッカ
HAUKI

2011年に発表された新世代のデザイン。北欧家庭料理の定番カワマスをモチーフにした、ドットと色遣いの美しい作品です。
アイノ・マイヤ・メッツォラ
KOMPOTTI

コンポッティとは果物をシロップ漬けしたお菓子コンポートのこと。2012年発表。家庭、特に台所に繋がるデザインが多いのはマリメッコの特徴。
アイノ・マイヤ・メッツォラ
JURMO

メッツォラ自身がかつて住んでいたアーキペラゴに浮かぶ小さな島、ユルモをデザイン化した作品。岩と波と海が手描き風のドットで重ねられています。
石本藤雄
UJO

ウヨとはフィンランド語で恥ずかしがり屋の意味。アンニカのTASARAITAと同じ等幅ボーダーながら、こちらは歪みが味わいを出しています。
エプロン
KOMPOTTI

KOMPOTTI、つまり果物のシロップ詰めコンポートはキッチンから生まれたデザイン。だからエプロンがいい。鮮やかな色使いで華やか。
エプロン
HAUKI

北欧の定番食材カワマスをエプロンのポケットに入れて。こちらもデザインとキッチンというシチュエーションが融合しています。
ティータオル
PUUTARHURIN PARHAAT

これも野菜モチーフなのでやはりキッチンに飾りたいタオル。もう一つ別デザインのタオルがついて2枚組セットになっています。
ポットホルダー
KOMPOTTI

コンポッティのカラーバリエーション違い。果物のシロップ漬けをデザートに、こんなポットホルダーを使ってお茶を飲むのがいい。
クッションカバー
UNIKKO

定番ウニッコ柄の中でも、黒背景になったバリアント。クッションカバーはこんな大柄だとリビングのアクセントになっておすすめです。
クッションカバー
KIVET

これも大柄。北欧デザインの面白さは、大胆な大柄を所々配置して、室内に現代アート空間のような感覚を生みだすところ。色遣いも秀逸。
シャワーカーテン
JURMO

ユルモの多層的なデザインは、シャワーカーテンくらいの大きさになるとその全貌が現れ、デザイナーの意図もよく見えてくるのでおすすめです。
ポーチ
KARAKORA

不思議な味わいを持った小紋柄のカラコラ。北欧デザインを象徴する色といえば、まさにこの明るいライトグリーンだと思います。
折りたたみ傘
PIRPUT PARPUT

ヌルメスニエミの傑作ピルプトパルプトを、傘にデザインする面白さ。まるで雨がペンキとなった降り注いだような楽しさです。