第5話 青木鞄 飯塚さんインタビュー(会社について)

飯塚貴志(いいづか たかし)株式会社青木 代表取締役社長 / 一般社団法人東京鞄協会 副会長
創業120年を超える青木鞄の社長であると同時に、“東京鞄協会”の副会長でもある飯塚貴志(いいづか たかし)さん。
一企業の社長として、また、鞄業界の中核を担う者として、飯塚さんは日々どんな想いでカバンと向き合っているのでしょう。鞄業界全体のことから、青木鞄が製品に込めている想い、そして飯塚さん個人が常に大事にしている想いまで。 おもしろおかしく、そして真剣に、惜しみなくお話ししてくださいました。

青木鞄のこだわりとは?

― カバンを作るうえでの、青木鞄ならではのこだわりをお聞かせいただけますか?

うちの場合、デザインも大事ですけど、「壊れちゃいけない」ってことですね。素材やパーツが時を重ねて劣化するのはある程度しかたないですが、カバン本体は壊れてはいけない。万が一壊れたら、修理をしなきゃいけないし、修理ができなきゃいけない。僕はそれがカバンの絶対条件だと思っています。それがない製品は継続できず、一過性で終わる製品だなと、僕は思います。こだわりと言ったらやっぱり、そこですかね。持った瞬間にハンドルが取れちゃいましたなんていうのは、僕の最も嫌いなカバンですね。青木鞄が販売する製品は、8,000円の製品も100,000円の製品も変わりはなく、壊れない製品を送り出し、時代に関係なく修理できるよう、常に前向きに取り組める体制を整えておくことが理想だと考えています。実際、僕が入社するより前(※23年前)の製品でも修理依頼をお受けすることがありますよ。場合によっては新しい製品を買うのと同じくらいの金額になってしまうこともあるんですけど、一つのカバンを20年くらい使って、直してでもまた使いたいと思ってくださることって、すごく大切じゃないですか。そんなふうに声をかけてくださるお客様のリクエストは難しいことも多いし、実現可能なことばかりではないですが、できる限りお応えしたいと考えています。「修理できません」とはできるだけ言いたくないですね。

― それだけ使っていると、お客さんにとっては唯一無二のものになっているんでしょうね。

そう思っていただけるというのは、本当に嬉しいことですよね。修理の現場では、同じ製品の、同じ場所の修理でも、加工方法や費用が変わるんです。それは、同じ製品でも、お客様の使い方や使用年数によって製品のコンディションが異なるから。僕は、壊れない製品であれば縫製が多少曲がっていてもいいと考えているけれど、“壊れないこと、修理できること”を守るために、企画チームにはいつも「こう作ってもいいけど、修理のときはどうするの?」ってところまで考えさせています。それでもすべてが完璧なスタートを切ることは難しく、車などと同じように、製品を作りながら改良をどんどん重ねていきます。

― 同じ型のものでも?

少しずつ変えていきますね。例えば、芯材。想定より薄くてボリュームに欠けるときは、厚みを加えたり、入れ方を変化させたりしています。継続している定番製品でも、より長く、問題なく使っていただけるように、少しずつ更新しています。本当は、新しい製品へ買い換えて欲しいというのが本音ですが、サラリーマンにとって30,000円〜50,000円のビジネスバッグを購入することは大きな決断のはず。じっくり考えてくださった製品への期待を簡単には裏切れないから、長く安心して使っていただけるように、日々改良です。新製品の修理では「なんでここが切れるんだろう?」って、たまに原因不明な不具合や破損がありますが、お客様の使用風景をじっくり想像するとそのシーンが見えてくることがあって、「そういうことだったのか。じゃあ、ここは補強しておかないと耐えられないな」って、お預かりした製品から教えていただくこともたくさんあります。この作業はコストに影響することが多いですが、細かく改良更新していくことで結果的に修理品が減少し、ゼロに近づければいいなと感じています。でも実際には修理ゼロの世界はかなり厳しく、自分の中では歯がゆいところですね。だからこそ、一律にメイドインジャパンを唱える世の中が嫌なんですよ。僕がイメージするメイドインジャパンとは何かが違うと感じながら、でも、このレベルで評価されることに対して「これでいいんだ………」って、そう思わせてくれる世の中に甘えてしまう対岸の自分もいる。常に葛藤です。僕が目指すメイドインジャパンは、この修理ゼロの世界を含めることが条件の一つと言えるかもしれないけど、一つの目標をクリアしたらまた新しい何かに気付いて、常にその目標をクリアし続けると思うので、たぶん、これからも心から満足した製品を送り出せることは生涯ないと思います。

飯塚さんにとってカバンとは?

― それでは、最後の質問よろしいですか?

いいですけど、言う前に深呼吸するのやめてもらっていいですか?(笑) めちゃくちゃ重そうじゃないですか(笑)。

― すみません(笑)。いやしかしこれは、やっぱりインタビューである以上、最後に聞かざるを得ない質問といいますか。

えぇー、なになになに?

― ズバリ、「飯塚さんにとってカバンとは?」ということをお伺いしたく。

あー、それねぇ……たぶん、今まで言ってきたことが全部崩れると思いますけど、取り引き中止にしないでくださいよ?(笑)。

― それは大丈夫です(笑)。

多分今まで言ってきたことが、全て崩れると思いますよ。

―あぁ・・・なんとなく想像できますね。

僕にとってカバンとは、商売道具です。カバン屋の跡を継いだからカバンで食っていこうと思っているだけで、ベルト屋の跡を継いでたらそれはベルトだったでしょうし、そういう商売道具です。カバンが大好きでカバン屋を生業としている人とはスタートが異なるけど、ただ、家族とか、社員とか、取引先さんとか職人さんとか、青木鞄を支えてくださるすべての人が生活していくために何をすべきかを考え、その方法を探しているだけです。「カバン好きじゃない人間がカバン作って売れるのかよ」って言う人もいますけど、反対から眺めると、「カバンを愛している人が作るカバンは売れるの?」ってことになる。会社としては、好きな素材で、青木鞄らしいこだわりを込めて味わいのあるカバンを作って、多くの人たちにそのカバンを手にしてもらえることが、最高の理想です。きっと、分野を限定することなく、モノづくりに関わる人はみんな同じ気持ちだと思いますが、もし僕自身がカバンを作るとしたら、皮革の選択はもちろん、金具や錠前、縫製方法に至るまで、すべてにこだわると思う。完成した製品はきっと完璧なカバンになるはず。でも、価格も高いだろうなぁ……。そうして出来上がった製品が、同じような製品を望む人に共感してもらえる製品かはまた別のことで、自分たちの強いこだわりはお客様には不要なものかもしれない。同じく、自分たちの妥協は、お客様が必要とする安心や共感に繋がるかもしれない。自分たちのこだわりや想いを伝えることと、お客様が共感しながらそれを受け入れてくださることは、その製品の本質を決めるとても大切なものさしで、この二つをバランスよく調整することが製品開発で一番難しく、そして楽しいところ。最近ようやくそのバランスにもいくつかのルールが見えるようになり、自分たちの考えるゾーンへ進むべきときが来たこと、そしてその土壌に近づいていることを感じます。数年前よりも企画を進めることは苦しいけど、でも苦しいからこそ、楽しいですね。そしてその結果は、いつも怖い。

― 我々も、自分たちが扱いたいものだけじゃなくて売れるものを入れないといけないというジレンマがあるんですけど、そういう部分と同じようなものを感じます。

長年カバンを取り扱っていると、T-styleというお店でしか売っていないカバンが欲しくなってくるはずなんですよ。知れば知るほど、「自分だったらこの素材でこう作るんだけどな」っていう会話が。ネットショップだと少し違うのかもしれないけど、小売店からは最近よくそういうリクエストをお預かりします。

― うちでも知識が増え始めたからか、そういう会話が出るようになってはいますね。

イタリア皮革を専門に扱う革屋さんがあるんですけど、そこに行くと他の革が見れなくなりますよ。さっき、猪瀬さんの工房で皮革を切ってたじゃないですか。イタリアの皮革を切ると、断面がツヤで光るんです。フルタンニンだから磨くとすごくきれいになる。猪瀬さんみたいな職人さんが磨くと、もうツルッツルになると思いますよ。いや本当にね、麻痺しちゃいます。でも、食事も一緒で、高級フレンチも美味しいと思うし、赤提灯の居酒屋も美味しいと思うじゃないですか。それが偏っちゃうと良くないけど、立ち飲みも付き合えるし、フレンチに行くってなったら相応の振る舞いもできる。そういうバランス感覚はいつも持ち合わせていきたいなと思います。

最後に

― 本日は貴重なお時間をありがとうございました。とても濃密な一日でした。最後に、何か一言ありましたらお願いします。

えーと、僕はカバンを愛してます!(笑)

― (笑)。

インタビューは約2時間に及びましたが、内容はもちろん、飯塚さんの話術のおかげであっという間の2時間でした。このインタビューに入る前、雑談の中でも支えてくれる人たちへの感謝を感じる発言がたびたびありましたが、お話を伺って全てが繋がった気がします。

飯塚さんは、「やりたかったことができる状況に近づいている」とおっしゃっていました。これからの青木鞄がどんな製品を生み出していくのか、とても楽しみです。

そんな期待を抱きつつ、飯塚さんに見送られながら、我々は青木鞄の本社をあとにしました。

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