2020.07.10
GRAMICCI CLIMBING PANTS
メンズファッション誌
「smart」元編集長
佐藤 誠二朗さん
メンズ雑誌「smart」をはじめ、これまで多数の編集・著作物を手掛けている佐藤さん。
2018年11月には「ストリート・トラッド 〜メンズファッションは温故知新」が発売。
こちらを本屋で見かけて読まれた方もいるのでは!?
そんな佐藤さんが当店の取り扱いアイテムをコラムで熱く語ってくれるコーナーです!
実はあまり知られていないブランドの歴史などもこれを見れば知ることができるかも!?
画期的なクライミングパンツ
1960〜70年代のアメリカ・ヨセミテ国立公園で活躍した伝説的ロッククライマー、マイク・グラハム。1982年、彼が盟友のドン・ラブとともに創業したブランドがグラミチです。
“グラミチ”とは、マイクのニックネームをそのままブランド名にしたものなのだとか。
マイクが活躍していた当時、ロッククライミング専用のウェアは存在しませんでした。マイクも一般的な登山用のジャージとパーカという出で立ちで、垂直に切り立つ険しい岩壁に挑んでいました。
しかしマイクはクライミングテクニックを極めるうち、難敵の岸壁に挑むためには特別なウェアが必要だという思いを強くしていきます。
既存のウェアでは様々な不満点があったのです。
そこで彼は、自分自身が納得できる新しいコンセプトのウェア開発をスタート。
試行錯誤の末、独自の手法でつくりあげたのが、グラミチのクライミングパンツというわけです。
グラミチのパンツでもっとも際立つ特徴は、180度まで完全に脚を開くための仕様。“ガゼットクロッチ”というディテールです。
股部分にあしらわれたマチのことで、これがあるおかげでロッククライミング時に足場を求めて思い切り開脚してもつっぱらず、ビリっと破ける心配もありません。
ガゼットクロッチは非常に優れた機能だったため、現在ではグラミチのみならず、様々なアウトドアブランドのパンツに採用されているので、ご覧になったことがある方も多いでしょう。
その発明者こそが、グラミチことマイク・グラハムなのです。
マイクがどうやってこの画期的な機能を思いついたかというと、ちょっと面白いエピソードが残されています。
大のカンフー映画ファンであったマイクは、ある日、いつものように楽しんでいた映画の中で、見事なハイキックを決めるブルース・リーの姿を見て考えこみます。
どうやったらあんなに見事に足を開けるのだろうか……。あそこまで開脚できたら、ロッククライミングもやりやすいぞ……。そうか、カンフーパンツか!
こうして、ガゼットクロッチの仕様を思いついたのだそうです。
様々な創意工夫を詰め込んで
グラミチのショートパンツは非常にシンプルでベーシックな形に見えますが、実はガゼットクロッチ以外にも、様々なユニークかつ機能的なディテールが施されています。
そのいずれもがロッククライミングというスポーツをやりやすくするとともに、起こりうる危険を回避するという観点で考案されたものです。
たとえばウェストサイズを調整するためのベルトは“ウェビングベルト”といいますが、グラミチのそれは通常のアウトドア用パンツのように、フロント部が左右に分かれるバックル構造ではありません。
長さ調整機能がついたデイパックのストラップと同じ構造の、アジャスター付きベルトなのです。
この構造だと、ベルトを締めたり緩めたりという動作は、片手でおこなうことができます。つまり、ロッククライミング時に片手で岩をホールドしていても、もう一方の手で容易に調整することができるのです。
ウェビングベルトは、後ろ側の腰のあたりで少し露出するような構造になっています。ロッククライマーはここに、カラビナでチョークバッグをぶら下げるそうです。
フロント部分が開かないのも、グラミチパンツの特徴です。
男性にとっては少々不便に思えるかもしれませんが、グラミチパンツがロッククライミング用だということを前提にすれば、納得できる構造です。
フロントが開く構造だと、どうしてもファスナーやボタン、ホックなどをつけなければなりません。
万が一、それらの金具がロッククライマーの命綱であるザイルに引っかかり、傷つけたりしたら?
命に関わる大変な事態に陥ってしまうでしょう。
そうした配慮により、グラミチパンツのフロントは開かない構造になっているのです。
フロントポケットの入り口は、通常のパンツとは違ってサイドのステッチに沿うような形で垂直についています。
この構造では手をつっこみにくく、物の出し入れにやや不便を感じるかもしれません。でも逆を言えば、スマホをポケットに入れていても絶対にこぼれ落ちることはないでしょう。
言わずもがな、ロッククライミングでどんなにアクロバティックな姿勢になったとしても、ポケットの中のものがこぼれ落ちないようにするための仕様なのです。
バックポケットの開口部がボタンではなくベルクロなのも、クライミング時に片手で操作できるようにという理由によるものです。
ショートパンツの完成形
微に入り細に入り、様々なアイデアを具現化した機能性抜群のグラミチパンツは、発売直後からロッククライマーに賞賛されます。その評判はロッククライマー以外にも広がり、様々なアウトドアマンに愛用される定番となりました。
そして2020年現在、グラミチパンツはタウンユースのカジュアルパンツとしても非常に人気があり、ブームともいえる様相を呈しています。
極限状態での使用を前提に考えられたディテールが街でも効果を発揮し、ユーティリティ性の高い道具のようなパンツであるとの評価を得ているからでしょう。
そのシンプルでベーシックなデザインと圧倒的な履き心地の良さは、「ショートパンツの完成形」とも称されるほどなのです。
グラミチパンツの流行は今回が初めてではありません。
日本で最初にタウンユースとして注目されたのは、1990年代初頭のこと。
当時、ある有名な大手セレクトショップが、アウトドアウェアを街で着る“アウトドアミックススタイル”を提唱。それまでの日本ではあまりなじみのなかった様々な一流アウトドアブランドのアイテムを買い入れて店頭で展開し、ブームを牽引します。
グラミチはその筆頭株として、注目されるようになったのです。
以来、グラミチはこの日本で、タウンユースのカジュアルウェアとして定着しました。
そしてここ数年間で再び大きく盛り上がっているアウトドアミックススタイルのトレンドの中で、欠かすことのできない重要アイテムとして存在感がいや増しているのです。
プロユースの本物アウトドアウェアはいつの時代にも色褪せることなく、その時々のトレンドの波に乗って浮上してくるという好例ではないでしょうか。
もしも、あなたがグラミチパンツ未経験だったら、ぜひこの機会に。
そして既に持っている人でも、追加でもう一本いかがでしょう。
私もグラミチパンツをすでに2本持っていますが、この原稿を書いていたらまた欲しくなってきました。
グラミチってやつは、それほど魅力的なパンツなのです。