見出しに戻る

一覧ページに戻る

CLARKS看板

2021.11.19

カジュアルシューズの原点、クラークスのデザートブーツ

佐藤 誠二朗さんメンズファッション誌
「smart」元編集長
佐藤 誠二朗さん

メンズ雑誌「smart」をはじめ、これまで多数の編集・著作物を手掛けている佐藤さん。
2018年11月には「ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新」が発売
こちらを本屋で見かけて読まれた方もいるのでは!?
そんな佐藤さんが当店の取り扱いアイテムをコラムで熱く語ってくれるコーナーです!
実はあまり知られていないブランドの歴史などもこれを見れば知ることができるかも!?

さらば青春の光とデザートブーツ

1964年頃のロンドンの最先端若者集団の生態を描いた映画『さらば青春の光』(1979年 イギリス 原題『QUADROPHENIA』)を観ると、多くのモッズがクレープソールのデザートブーツを履いていることがわかります。
残念ながら画面からはそのブランドまで判別することはできませんが、非常に厳密な時代考証がおこなわれている映画ですので、恐らく彼らが履いているデザートブーツはクラークスのものに間違いありません。

昨今、ブーム再燃のクラークス社を代表するアイテム・デザートブーツは、同社が1950年に、チャッカブーツをベースとして開発した靴。
アッパーはスエードやベロアの一枚革、ソールには歩きやすさを考慮してゴム製のクレープソールを施した、アンクル丈のショートブーツです。
その名前については、第一次世界大戦中に英国陸軍が砂漠(desert)行軍用に使っていた軍靴をイメージしたという説と、素材の革の色が砂漠を連想させるものだったからだという二つの説があるそうです。

1950年代後半に登場した最初期のモッズは、オーダーメイドであつらえたウィンクルピッカーシューズ(つま先のとがったレザーシューズ)や、革底のチャッカブーツを履くことが多かったのですが、モッズが増殖して大集団をつくった1960年代になると、よりカジュアルなデザートブーツを履く者が増えていきました。

『さらば青春の光』原題『QUADROPHENIA』のDVDパッケージ

彼らがデザートブーツを好んだのには理由があります。 全盛期のモッズは、夜な夜なスクーターに乗ってクラブやカフェバーに集まり、好みのソウルミュージックに合わせ、次々と新しいダンスステップを編み出していました。
この時、柔らかい革のアッパーで、滑りにくいゴム製ソールが施されたクラークスのデザートブーツは、実に踊りやすかったのです。
つまりモッズはデザートブーツを、一種のダンスシューズとして選択していたということになります。

当時、デザートブーツはイギリスのモッズにとどまらず、世界中の若者の間で大人気でした。

200年近い歴史を持つ老舗ブランド

クラークスはイギリスの老舗シューズブランド。
創業は今から200年近く前の1825年です。
長い歴史を持つ会社の多い英国紳士靴業界の中でも、クラークスは1750年創業のヘンリー・マックスウェル社、1759年創業のロータス社に次ぐ古さ。
非常に伝統的なブランドなのです。

クラークス社が今も拠点を置くのは、創業の地であるイングランド南西部のストリートという小さな町です。
この地で会社を起こしたサイラス・クラーク&ジェームス・クラーク兄弟は、クラークス最初の商品として、シープスキン製のスリッパを世に送り出しました。
その後、紳士靴業界に名を馳せることになるクラークスのスタートが“スリッパ”であったというのは意外かもしれませんが、今となってはその第一弾商品こそが、カジュアル路線で成功を収めるクラークスの行く末を占っていたとも言えるでしょう。

クラークスの工場外観bild:Elliott Brown, flickr.com, CC BY 2.0

クラークス社のスリッパは抜群の履き心地だったため大評判となり、彼らの事業は順調に進んでいきます。
その後も続々と革新的なシューズを発表し、1820年代にアイルランド、1830年代までにカナダ、1850年代にオーストラリアにまで商品を送り出すようになりました。

そして時は流れて20世紀中頃、創業者・ジェームスのひ孫であるネイサン・クラークによって考案されたのが、かのデザートブーツです。
当時のクラークスは、主にイギリスの陸軍用ブーツを製造する靴メーカーとなっていました。
第二次世界大戦に従軍することになったネイサンは、兄弟から、家業の発展のために世界中の靴を調査するように言われていたそうです。
そして1944年、北アフリカ戦線に参加していたイギリス兵の中に、チャッカブーツに似ているけどちょっと違う、珍しい靴を履いている者を発見します。
そのスエード製ブーツは、兵士がカイロのバザーでオーダーメイドしたもの。ネイサンはさっそく靴のスケッチとラフなパターンをつくり、本国へと送りました。
それをもとに戦争終結後に生み出されたのがデザートブーツというわけです。

デザートブーツ デザートブーツ
デザートブーツ デザートブーツ
デザートブーツ デザートブーツ
デザートブーツ デザートブーツ

すべてのカジュアルシューズの原点

今日、クラークスのデザートブーツは「カジュアルシューズの原点」と見なされ、開発から70年以上経過した今も、不朽の定番シューズとして世界中で親しまれています。

デザートブーツは、チャッカブーツを原型としていると前述しましたが、チャッカブーツとは19世紀末頃からポロ競技用として使われたシューズです(“チャッカ”というのはポロ競技の試合時間を表す用語。1チャッカ=7分30秒)。
1920〜30年代には、ファッショニスタとして知られたウィンザー公(のちのイギリス国王・エドワード8世)が愛用したため、ポロ競技専用ではなく男性の普段履きシューズとして広まります。

クラークスのデザートブーツbild:ercwttmn, flickr.com, CC BY-ND 2.0

そのチャッカブーツとデザートブーツのデザインはよく似ていますが、チャッカブーツには存在するライニング(アッパーの内側に張られた革あるいは布)がデザートブーツでは省略され、革底のチャッカブーツに対しデザートブーツはクレープソールが採用されています。
そのため、とても軽くて柔らかいのがデザートブーツの特性で、チャッカブーツよりもカジュアルな靴と認識されました。

しかしネイサンが作ったデザートブーツの社内での評判は、散々なものでした。
伝統を重んじる思想が根強いイギリスで発売するには、あまりにも斬新すぎるデザインだったからです。
そこでネイサンは、イギリス国内での発売はあきらめ、最初から海外展開を目指します。

この作戦が、大当たり。

1949年に開催されたアメリカ・シカゴの靴展示会に出展されたデザートブーツの試作品は、アメリカの歴史あるファッション誌である「Esquire」で紹介されます。
そして1950年に正式発売するとアメリカの若者から火がつき、瞬く間に世界中で大ヒットとなっていきます。
パリではジーンズに、ローマではベスパに乗るときに、アメリカや日本ではアイビーファッションの足元に、そして逆輸入状態となった本国イギリスでは最先端の若者カルチャーであるモッズのワードローブとして、各国の文化や流行にリンクしながら広がっていったのです。

クラークスのシューズはこう履く

クラークスのもうひとつの代表的な商品がワラビーです。
ワラビーは1967年からクラークスによって製造販売されていますが、もともとはクラークス社が買収したドイツのスー社が、1964年に開発した“グラスホッパー”という名のモカシンシューズをベースにしています。
クラークス社も当初はグラスホッパーという商品名のまま、イギリス国内で発売します。
しかし翌1968年にアメリカ市場へと展開する際、袋縫いの形状と包み込むような履き心地を、腹に大切な子供を入れて育てるオーストラリアの有袋類になぞらえ、「WALLABEE」と改名しました。

デザートブーツにチャッカブーツという原型があったのと同様、ワラビーにも原型となるシューズがあります。
それは当時のトレッキングで用いられていた、ショート丈の登山ブーツです。一枚革が足を左右からすっぽりと包みこんで保護するワラビーの特徴的なアッパー形状は、縫い目をなるべく減らすことによって防水性を高めようとしたアウトドアシューズの発想が原点にあるのです。

現在の日本もアウトドアブームですが、当時の欧米社会は、文明を捨てて人間本来の姿、自然に回帰しようとしたヒッピーカルチャーの全盛期。
パタゴニアやノースフェイスといった、現代でも名を馳せるアウトドアブランドの多くがヒッピーの生活を支えるために誕生した時代でもあります。
アウトドアシューズをベースにするクラークスのワラビーも、そんな自然派志向のヒッピー、つまり当時の流行最先端をいく若者に絶大な支持を受け、瞬く間にクラークス社を代表するヒット商品に成長していったそうです。

デザートブーツ ワラビー
デザートブーツ ワラビー
ブーツを履く男性bild:unclepockets, flickr.com, CC BY 2.0

デザートブーツもワラビーも、今ではさまざまなアッパー素材で展開されていますが、もともと両アイテムを有名にした特徴は、柔らかいスエード製のアッパーと、クレープソールの靴底を持っていたことにあります。
これらの素材が生み出す柔らかな雰囲気は、当時の世界では非常に新鮮に受け止められ、クラークスはカジュアルシューズという新しいジャンルを生み出しました。

スニーカーが席巻する前の世界で一世を風靡した、元祖カジュアルシューズであるクラークスのアイテムですが、現代人の私たちから見ると、カジュアルとドレスのちょうど中間を行くような、絶妙なバランスを感じ取ることができます。しかも現代ではそこに、定番であるという安心感も加味されています。

そのためクラークスのシューズは、カジュアルながらも崩しすぎず、綺麗めで大人っぽい秋冬スタイルにぴったり。
ダッフルコートやステンカラーコートのようなオーセンティックなアウターと相性がいいのはもちろんですが、もともとモッズスタイルが好きな私だったら、モッズコートにベージュのデザートブーツを合わせ、『さらば青春の光』の主人公・ジミーを気取りたいと思います。
これでモッズ仕様のベスパにでも乗ったら完璧なのですが、それはあまりにベタすぎですね。

クラークス一覧はこちら トップページへ戻る

関連記事